レンタルのローム のノート

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ロボになれたら

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向いていない、向いていないと思いながらも、半年勤めてしまうと、もう辞めて他の仕事を探す方が億劫になって、今に至る。

私の職場は、チェーン展開していない地域密着型のファミリーレストラン。駅近だが、オフィスビルなどはほとんどない住宅街なので、客層は主にこの周辺に住む人たち。それから近くに大きめの病院がいくつかあるので、そこの職員や見舞いにきた家族なども多く訪れる。

 
業務内容は普通のファミレスのホールと変わらない。他のファミレスで働いたことがないから絶対とは言い切れないが、たぶんそうだと思う。客が来たら席に案内し、注文を聞き、食べ終わったら食器を下げ、レジで会計する。合間をみて店内の掃除をしたりもする。

記憶力はいい方なので、そういった業務の流れはすぐに覚えることができた。初日に渡された接客マニュアルも全て頭に入っている。しかし、時としてマニュアルを超えた事態に見舞われるのが接客業というもので、イレギュラーな場面になると、いとも簡単に、私という人間が露呈する。有り体に言えば、私は客を怒らせがちだ。

例えばこの前は、「連れが先に入ってるみたいなんだけど、どこ?」と聞いてきた人に、「わかりかねます」と言ったら怒ってしまった。待ち合わせと言って入店した人がいなかったので、正直にそう答えたのだが、「わかんないじゃなくてさあ、探してよ!」とのことだった。

店長に言わせると、私は愛想がなくて、気が利かないらしい。いや、本当はもっとオブラートに包んだ言い方で指摘してくれたのだが、こっちでオブラートを剥がしてみた結果、愛想がない、気が利かない、と受け取った。

愛想がないとは言っても、私は接客中、常に笑顔を心がけている。マニュアルにそう書かれているからだ。しかし、実際のところそれでは足りないらしい。

愛想がいい、というのは、きっと春田さんみたいな人のことを言うのだ。春田さんは私と同じ時期に同じパートとして働き始めた女性で、その赤みを帯びた頬と笑ったときにできる深いえくぼはまるでピカピカに磨いたりんごのようである。

 
春田さんはいつの間にかお客さんと親しくなっている。仲良しの常連客が何人もいて、「今日は暑いですね」なんて雑談をよくしている。私はどんなに常連の人でも、店員と客としての最低限の会話以外したことがない。最高気温が27℃以上の日は「今日は暑いですね」と言いましょう、みたいなことをマニュアルに書いておいてくれたら、私もちゃんとできるのだが。

「これ、辛いですか?」

先日、年配の女性客からピリ辛麻婆麺についてそう聞かれたので、「人によると思います」と答えたら、嫌な顔をされた。それを春田さんに話したら、「ちょっとピリっとする程度ですかね〜、とか、私はおいしく食べましたよ〜、とか適当に言っとけばいいんですよ!」と言われた。その適当が、私には難しい。

そんな春田さんだが、今日が最後の勤務だった。旦那さんが急に転勤することになったそうだ。私は正直ほっとした。春田さんはとてもいい人だが、一緒に働いていると、どうしても比べられてしまう。

「山岡さん、ちょっといい?」

翌日、出勤してすぐ店長に呼ばれた。裏に行くと、そこには私の胸くらいの背丈の、白い物体があった。他のファミレスで見たことがある。配膳ロボットというやつだ。正面にディスプレイがついていて、そこに山なりの線がふたつ、すなわち、「にっこり」が表示されている。

「うちにはいらないと思うんだけどね、試しに一ヶ月だけレンタルしてみてくださいお願いしますって、営業の人があまりにしつこいもんだから。まあ春田さんの代わりの人が見つかるまで、ちょっとは役に立つかもしれないしね。」

 
その日から、私はロボと一緒に働くことになった。店長がロボと呼ぶので、私もそう呼んだ。

ロボの仕事は出来上がった料理を運ぶことである。厨房でロボの上に料理をのせ、席番号を入力すると、その席まで運んでくれる。確かにランチの時間帯など、呼び出しベルがひっきりなしに鳴って注文をとるので精一杯になるタイミングもあるので、配膳をロボがやってくれるのは助かる。料理をのせるところが3段になっているので、人間より一度に多く運べるのも利点だ。

しかし一方で、その歩みはかなり遅い。スピードだけで言えば、私がさっさと運んだ方が早いのは間違いない。とはいえ、それに対して文句を言う客はいない。私が働き始めた頃、汁物をこぼしそうで恐る恐る運んでいたら、「ちょっと、早くしてよ!」と大声で客に急かされた。でも、ロボットならゆっくり運んでも誰も文句を言わない。楽しげな音楽を流しながら、ロボは自分のペースで席へと向かう。通路で客と鉢合わせになったら、客の方が避けてくれる。店員は鼻歌を歌いながら料理を運んではいけないし、客に道を空けさせてはいけない。しかし、ロボは許される。ロボだから。

私はロボがうらやましいと思った。最低限の笑顔さえ表示していれば、それ以上の愛想は求められないし、気が利かなくても嫌な顔されない。私のこともロボットとして扱って欲しい。そうなったら、どんなに楽か。

「私もロボになりたいよ。」

閉店後、ホールの隅で充電ケーブルに繋がれているロボに愚痴ってみる。ロボは何も言わず、黙って電気を受け入れ続ける。

 
 
後編はこちら↓
人間のままで
https://www.rentalism.jp/note/636/

 
レンタルのロームはこちら
https://www.roumu-p.com/

 

執筆者:ナガセローム(長瀬) Twitter note

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