レンタルのローム のノート

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視線の先にあるもの

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数日後、ネットで注文していたレンタル高級腕時計が自宅に届いた。時計に疎い俺でも知っている高級ブランドだ。勢いで注文したあと、女性に好かれたくて高級腕時計、というあまりにも安直な手段に出てしまった自分を恥じていたのだが、実際にこうして届いてみると、その高級感に圧倒された。つけてみると、俺のゴツゴツした芋臭い手が一瞬でラグジュアリーになるのだから驚きだ。なんだか自信が湧き上がってきた。これは侮れない。

 
前編はこちら↓
新しい出会いとレンタルの時計
https://www.rentalism.jp/note/647/

 

 
当日。約束の店の前に現れた夕夏ちゃんは、「なんかはじめましてって感じしないね!」と言って笑った。その笑顔は写真で見るより10倍輝いていて、俺は改めて、彼女に一目惚れした。

マッチングアプリで会う人とのはじめての食事がハンバーガー、というのも今までと違うところだ。今まではおしゃれな店の方が喜ばれるだろうと思って、イタリアンやカフェを予約することが多かった。だが今回、「ビッグマックで顎が外れたことがある」と俺が話したら、夕夏ちゃんが、「昔うちのお父さんもハンバーガーで顎外れたことある!めっちゃ笑った」と言い、「また顎外れてる人見たいな〜」とかふざけて言うので、一緒にでかいハンバーガーを食べに行く流れになったのだった。

「そうだ、航くん。あのアカウント今日も投稿してたの見た?」

「見た見た、笑った。水曜日のサラリーマンみたいな顔してる、ってどんな顔だよ。」

よく話していたパグのアカウントのことなど、話題は尽きなかった。メッセージでやりとりしていたとき以上に、話していると楽しかった。そして話しながら、夕夏ちゃんが俺の腕時計を見ている視線をビシビシ感じた。やはり、女性は腕時計をチェックするものなのだろうか。あの謎のモテ伝道師YouTuberの言うことは正しかったのかもしれない。

高さのあるハンバーガーに思い切りかぶりついている夕夏ちゃんは可愛かった。俺もなんとか顎を外さずに食べ切った。夕夏ちゃんは顎が外れなかったことを悔しがって、「次はもっと大きいの食べにいかないとね」と言った。次もあるんだ、と嬉しくなった。

 
一週間後。

俺は心に決めていた。今日、好きだと言おう。付き合ってくださいと言おう。当然、高級腕時計もつけていく。こんなに積極的な気持ちになれているのも、こいつのおかげかもしれない。

俺たちは先週よりもっとでかいハンバーガーを食べた。ものすごくでかくて、顎は外れなかったが、お腹がはち切れそうだった。

「航くん、もう無理、ちょっとそこ座ろう」と、夕夏ちゃんが駅前のベンチを指差した。二人で笑いながら腹を撫でた。まだ会って2回目だなんて思えないくらい、打ち解けていると感じた。

ベンチに座ると、会話と会話の間の沈黙が、少しずつ長くなっていった。俺は、ここで言おう、と決めた。夕夏ちゃんの方を見ると、夕夏ちゃんは俺の腕時計をじっと見つめている。ハッとした。俺は嘘をついている。本当の俺はこんなに高級な腕時計をつける人間ではない。

「夕夏ちゃん、ごめん。この腕時計なんだけど、実はレンタルなんだ。」

正直に白状すると、夕夏ちゃんは「へ?」と目を見開いた。

「俺、自分に自信がなくて、でも夕夏ちゃんに好かれたくて、いい男だと思ってほしくて。騙してごめん。俺、ほんと普通の人間っていうか、何もないけど、夕夏ちゃんのことすごく大切に思ってる。こんな俺だけど、付き合ってもらませんか。」

しばしの沈黙のあと、夕夏ちゃんが口を開いた。

 
「ごめん、時計全然見てなかった。それ高級なの?」

 
俺はずっこけそうになった。そんなバカな。

「いやいや、めっちゃ見てたじゃん。視線感じたよ!」

「あ、そうか、ごめんごめん。私が見てたのは、航くんの手だよ。」

「手?」

そう言われて、俺は自分の手を目の前で開いた。

「そう、航くんの手がね、お父さんにそっくりなんだ。厚みがあって、ごつごつしていて。いやね、実はお父さん去年病気して死んじゃったの。だからなんかすごく懐かしくなって、それでつい凝視しちゃってた。」

「そうだったんだ……。」

「で、さっきの返事だけど、よろしくお願いします。」

「ほんとに? いいの?」

「うん。航くん、自分のこと普通とか思ってるの? 全然普通じゃないよ。あのパグがツボの人、滅多にいないもん!それに一緒にいると楽しいし、なんだか落ち着くんだよね。」

目の前がぱあっと明るくなった。

「ありがとう!ありがとう!」

俺は夕夏ちゃんの手をぎゅっと握った。夕夏ちゃんの笑顔は、やっぱり眩しいくらい輝いていた。

「まだお互い知らないことだらけだと思うけどさ、何か嫌なこととかあったら遠慮なく言ってね。俺、すぐ直すから!こういう人は嫌とか、ない?」

「えー、別にないけど。あ、強いて言うなら、前に付き合っていた人と別れたのは、その人が元カノにもらった財布を使い続けてたのが原因だったな。なんか使い慣れてるから変えたくないとか言われてさ。あれは嫌だった。」

「あー、それはダメだね。うん、絶対ダメ。」

俺は全力で同意しながら、胸を撫で下ろした。あぶねー。高級腕時計のレンタルは、意外な意味で役に立っていたのだった。早急に新しいものを買わねば。もちろん、身の丈にあったものを。

 
 
<完>
 
 

執筆者:ナガセローム(長瀬) Twitter note

=====
編集後記:
本来の目的とは違う場所で、意外な効果を発揮して、意外な歯車とかみ合う。
ご縁結びのレンタル腕時計。

厄除けのご利益もあったりして。

 
レンタルのロームはこちら
https://www.roumu-p.com/

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